非常勤講師になった一般人

新卒非常勤の脳内を垂れ流します

非常勤講師275日目(今年初出勤)

正規の方々は4日から働かれている。

自分は今年初めて職員室に入った、新年のあいさつを8日に行う。遅れても、新年最初のあいさつはするべきだ。

 

つくづく自分の休日の過ごし方に後悔を覚える。

 

寝転がったまま、謎のYouTube動画に行きつく。関連動画をあさる。

Twitterを眺める。赤裸々に実生活をつづる10kほどのフォロワーがついてるアカウントを眺める。いろいろな界隈のツイート群を眺める。「こんな人間もいるのか」発見の日々。

 

この世界、色んなひとがいるなとつくづく思う日々だ。

どんな生き方でも、生きることができる、らしい。

が自分は、自責の日々を送ってきたのだろう。思い返しても。

 

できる人間と比べては、焦り迷い、悩み、寝る。

毎日だ、毎日。

 

 

ふと今日は、振り切ることができた。もう何を考えてもよい、何をしても良い。人を傷つけなければ。ここが大事なんだけど、それさえ守れてれば、「もういいだろ。」

 

「もう、いいだろ」

 

なんにも考えず生きてるやつなんてのは五万といる。なーんにも考えてないやつを観ると、「ああ楽そうだな」と思う。

 

教養は、苦しみ方を知ることかとさえ思ったことがある。

知らなくて良い側面はたくさんある。それがマナーだ、これを知りすぎると自分を縛る方法が増えることになる。

 

世界を知ること、正解を知ること、普通を知ることは、自分の首の締め方を知ることだ。

 

長らく自分は生きているなあと感じる。あんな笑いあった中学生の自分は、果たして本当に自分なのか、この体はあの空間に本当にいたのだろうか。

 

 

 

 

明日から頑張りたい。周りにはたくさん支えてくれる存在がいる。これは本当に確かだ。

人は一人では生きていけない。いくら旧友が違う方向に進んでも、ともに過ごした日々がなくなることはない。簡単に人間関係、切るべきではない。たとえ価値観がまるで異なってしまったとしても。

 

自分から連絡する、謝る、声をかけること、結局それは自分の精神衛生を保つために一番なことだ。そりゃあっちから働きかけてほしい、がその意地さえ乗り越えれば一瞬。

 

 

 

 

「人は人。自分は自分。あいつはそれができるけど、自分にはできない。それでよい。それが普通のこと。自分ができることをやるのみ。」

「理想高すぎるとつかれるやん。毎日疲れるやん。自分のスピードに合わせてやっても良いんじゃないかなって。」

 

確かにな。